
今回紹介するのは、僕が大好きな作家・伊坂幸太郎さんの『逆ソクラテス』です。
皆さんは、伊坂幸太郎さんの作品を読んだことがありますか? 彼の独特な世界観やリズムの良い文章には、一度触れるとすぐに引き込まれてしまいますよね。けれど、今回の『逆ソクラテス』は、これまでとは少し違った雰囲気を持っています。
なんといっても、主人公がすべて小学生の子どもたちなのです。彼らが日々直面する「固定観念」に立ち向かう姿を描いた、心温まる短編集です。
物語を読むと、小学生の視点から語られることで、私たち大人が持つ「常識」や「先入観」にも改めて気づかされます。読了後には、まるで世界が少し違って見えるような、爽快感が広がるんです。「もう一度、自由な目で世界を見つめ直してみよう」という気持ちになれる作品です。
本記事では、『逆ソクラテス』に収められている「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」の5つの短編について、それぞれの魅力を詳しくお伝えしていきます!
ぜひ、この短編集を通じて、小学生たちの純粋な挑戦と成長を楽しんでくださいね。
僕はAudibleでこの作品を聴きました。Audibleではプロのナレーターがキャラクターごとに声色を使い分け、まるでドラマを聴いているかのようです。物語の世界に引き込まれること間違いなし。
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逆ソクラテス
加賀少年は、ある日ひょんなことから転校生の安斎と仲良くなります。安斎は、まるで大人のように自分の考えをしっかり持ち、周りの先入観に屈しない強さを備えていました。彼は、教師や大人たちが言うことが本当に正しいのか疑問を持ち、そうした影響で生まれる誤った認識に怒りを覚えています。
安斎は、クラスの担任やクラスメイトが持つ偏見を打破するため、加賀と共に奮闘します。特に『ダメな奴』というレッテルを貼られていた草壁に対する先入観を覆すことを目指します。安斎は加賀、優等生の佐久間、そして草壁本人も巻き込んで、担任の久留米先生やクラスメイトたちが持つ偏見に挑む作戦を立てます。
様々な試行錯誤を経て、彼らは果たして先入観を取り除くことができるのでしょうか。先入観から解放されることで芽生える自信や、個々の違いを認め合う心は、少年たちの環境や未来をどのように変えていくのかが物語の見どころです。
作中で、安斎が加賀に教えた「自分はそうは思わない」という魔法の言葉は、自分の意見を守るための強力な武器です。子どもたちが学校という小さな社会の中で、影響力のある人物の先入観により形成された関係性は、大きな影響を持ちます。その中で、個々の考えや意見が周りの固定観念にかき消されてしまうことは大人にもよくある話です。
こうした社会で生きる私たちにとっても、周囲の先入観に屈することなく、自分の意見をしっかりと持ち続けることが、自己を大切にして生きる上で非常に重要です。安斎が教えた「自分はそうは思わない」という言葉は、周囲の常識に流される前に一度立ち止まり、自分の本当の思いを呼び起こすきっかけとなる力強い言葉なのです。
スロウではない
物語の主人公・司と友人の悠太は、足が遅いことを気にしていましたが、抽選の結果、運悪く運動会のリレーの選手に選ばれてしまいます。同じく足が遅く、クラスであまり目立たない村田花もリレーのメンバーに選ばれます。
一度は憂鬱な気持ちになりますが、「自分たちなりに頑張ればいい」と気持ちを切り替え、放課後に他のBチームのクラスメイトと練習を始めます。練習には悠太や転校生である花の友人・高城かれんも付き合ってくれますが、Aチームのリーダー的存在の女生徒から「練習しても無駄」と言われ、少し落胆します。
それでも、同じリレーメンバーや悠太、かれんのサポートや励ましを受け、司と花は本番に向けて一生懸命に練習を続けます。特にかれんは、司や花のために早く走るコツを調べてアドバイスをし、力を尽くします。
そして、彼らは「ビリにならないこと」を目標に、ついに運動会当日を迎えます。ところが、結果は彼らの予想をはるかに超える驚くべきものとなります。この運動会をきっかけに、かれんの過去も明らかになり、クラス内の問題点に物語が迫っていきます。
こうしたリレー選手の選出問題は、僕の子供時代にもよく見かけたことですし、最近では自分の子供の体育祭で、友人がもっと速い子がいるにもかかわらずリレーの選手に選ばれ、悩んでいるという話を聞きました。それでも周りが応援してくれて、結果に関係なく楽しく終われれば、それで問題はないんですよね。
しかし、クラス内で自分を「重要な存在」と勘違いし、特定の相手を攻撃するような人物がいると、事態は一転して厄介になります。取り巻きがいて、自分の言うことに従う環境があることで、どんどん勘違いが助長されていくのです。
とはいえ、そうした「自分中心」のコミュニティは、ほんの些細な出来事であっさりと崩壊します。そして、その時になって初めて、自分の過ちに気づくのです。
大人になっても同じです。小さなコミュニティで権力を持っていると思い込み、威張り散らす人はいますが、他人を尊重し、偉ぶらない人こそ本当に強い人なのだと、この物語を通して再確認しました。自分の行動にも、もっと気をつけたいと感じます。
非オプティマス
主人公の将太のクラスでは、一部の生徒が授業中にわざと缶ペンケースを落として授業を邪魔する、という行為が流行っていました。担任の久保先生はやる気がない様子で、軽く注意するだけ。クラスメイトも誰もその行為を止めようとしません。
そんな中、福生が「やめろよ、授業が中断すると授業料がもったいない!」と声を上げます。福生はいつも薄手のTシャツばかり着ているため、「安い服生(やすいふくお)」とあだ名をつけられて馬鹿にされていました。
缶ペンケースを落としている張本人は、クラスの中心的人物で、父親が有名企業のお偉いさんということを自慢し、偉そうに振る舞っています。もちろん、福生はこの生徒が嫌いで、なんとか痛い目に遭わせたいと思っています。そこで、福生は将太と共にある作戦を決行することに。
ところが、その作戦の最中に偶然担任の小野先生と出会い、そこから先生の秘密が明らかになっていきます。
小野先生は秘密が明らかになったあとの保護者参観の授業で、子供たちにこう教えます。「人を外見で判断し、偏見で態度を変えるのは格好悪い。授業を邪魔したり、迷惑をかけたり、暴力を振るう人はむしろかわいそうな人だ。勝手に評判は悪くなるもの。立派な人というのは、自分の過ちを反省できる人なんだ」と。
私たちも、他人の立場や職業、年齢、外見だけでその人を判断してしまうことがよくありますよね。狭いコミュニティの中では、上司と部下、先輩と後輩といった関係で通用するかもしれませんが、外の世界に出ると、その肩書きがいかに意味を持たないかが分かります。
そんな人を見かけたときは、「あぁ、勘違いしてるんだな、可哀そうに」と思えばいいんです。
本当に立派な人というのは、誰に対しても丁寧に、敬意を持って接するものです。そんな日々の行動が、目には見えないけれど、最終的にはその人の評判を積み重ねていくんですね。
アンスポーツマンライク
小学6年生のミニバスケットボールチーム、最後の試合は緊迫した接戦。そして残り時間はたった1分。この1分間が、主人公「歩(あゆむ)」を含む5人にとって大きな意味を持つ瞬間になります。
彼らのチームは、最初のコーチが非常に抑圧的で、常に「俺の言う通りにやれ!」と怒鳴りつけるタイプでした。しかしそのコーチが辞め、代わりに学校の先生がコーチに。新しいコーチは全く違うアプローチで、「どんどんチャレンジしろ。成功したら君たちの力、失敗したら俺の責任だ」と、選手たちに自信を持たせ、自由に挑戦できる環境を作ってくれます。
しかし、そんな環境の中でも、歩は自分で気づいていました。「いざというときに、大事な一歩を踏み出せない」ことを。試合の残り1分でも、シュートチャンスに一歩を踏み出せず、悔しさを胸に抱えたまま大人になっていくのです。
中学を卒業し、高校生になった歩と5人の仲間たちは、かつてのコーチのお見舞いに行くために再会します。偶然、彼らは公園で不審者による通り魔事件に遭遇し、未然に防いだことで表彰されます。しかし、その時も歩は「ここぞ」という場面で一歩を踏み出せなかったのです。
そして時は流れ、6年後。大人になった5人は、バスケットを教える仲間の元で再び集結します。そこでまたもや事件が勃発。果たして歩は、今度こそ大事な一歩を踏み出すことができるのでしょうか?
この一歩が踏み出せない歩に、僕自身も強く共感しました。練習ではできるのに、本番になるとどうしても思い切れない。大事な場面で、無難で安全な選択を選んでしまう。失敗したらどうしよう、そう考えてしまうんですよね。
でも、今大人になって思うのは、この「一歩」を踏み出すためには、経験と自信が必要だということです。
さらに、この作品で登場する怒鳴りつけるコーチも印象的です。怒鳴る行為は、物事が自分の思い通りに進まないことへの苛立ちに過ぎず、自己中心的な行為です。そんな態度で「自分のために怒鳴ってくれてるんだ」と思う選手がいるわけもなく、むしろプレーが悪くなるばかりです。
この作品を読んで、「よくぞ言ってくれた!」と感じる部分が多々ありました。
逆ワシントン
謙介の母親は、アメリカ大統領が子供のころに父親の大切にしていた桜の木を斧で切ってしまったが、正直に謝ったことで許されたという話を信じています。そのため、「嘘はよくない」という教えを謙介にも伝え、育ててきました。
ある日、謙介と友人は、腹痛で学校を休んでいる友達が実は虐待を受けているのではないかと疑い、心配します。そこで、その友達の部屋の様子を確認するために、2階にある部屋をドローンで覗く計画を立てるのです。
しかし、高価なドローンを買うお金がないため、UFOキャッチャーで景品としてドローンを手に入れようとします。ところが、もう少しで成功というところで、手持ちのお金がなくなってしまいます。ポケットや両替機の下を探してもお金は見つかりません。諦めかけていたその時、床に落ちている100円硬貨を発見します。
謙介たちは、その100円を使ってドローンをゲットするか、正直に店員に届けるかで悩みます。結局、彼らは正直に店員に硬貨を渡すことにしました。すると、店員は彼らを褒め、その100円を再び渡してくれます。そして、無事にドローンを獲得。
謙介たちはそのドローンを使って、友達が虐待を受けていないことを確認することができました。しかし、ここで物語は終わりません。
友人の操作ミスで、ドローンはあらぬ方向に飛んで行きます。見つけた場所では、バイクにまたがった男性が。ドローンがぶつかってしまったのではないかと心配になりますが、正直に名乗り出るか、そのまま逃げるかでまた悩みます。
結局、彼らは再び正直に名乗り出ることに。しかし、その男性は、ドローンが当たってもいないのに延々と説教を続け、ついには土下座まで要求してくる始末です。
その時、謙介の母親が怒り心頭で現れます。「嘘をつくな」を信条とする母親は、果たしてどのような行動をとるのでしょうか?
正直さは大切ですが、この世界では正直だけがすべての答えではありません。大切な人を守るためや、人を幸せにするためには、時には嘘が必要になることもありますよね。
『逆ソクラテス』のここが面白い!ここに注目して読むといいポイント5選
1. 子どもの視点から見る世界が新鮮!
大人には理解できない、でも純粋だからこその発想が新鮮!登場する小学生たちが「素直に反抗」していく姿に思わず笑みがこぼれます。
2. 各短編にある「人生の教訓」
それぞれの物語が違うテーマの“教訓”を教えてくれるところも魅力の一つ。自分のペースでいいんだ、成長には時間がかかるんだという励ましが詰まっています。
3. アンチヒーロー的な登場人物
誰もが完璧じゃないけれど、等身大だからこそ共感できる主人公たちに応援したくなります。
4. 大人の「常識」を揺さぶる瞬間
子ども視点から大人のルールを再構築しているシーンに思わずハッとさせられるはずです。自分の中の「正しい」が実はそうでもないかもと気づかされることも。
5. 友情と成長にあふれる温かさ
困難を仲間と一緒に乗り越えることで成長していく姿に、読後はホッと温かい気持ちになりますよ。
まとめ:先入観を壊し、新たな視点をもたらす短編集
『逆ソクラテス』は、偏見や先入観に囚われず、自由な発想で物事を考えることの大切さを、小学生の視点から教えてくれる短編集です。どの物語も、固定観念に捉われない考え方や、自分の信念を持つ勇気を讃える内容になっており、読み手に深い感動と勇気を与えます。
大人も無意識に抱きがちな「常識」を改めて見直すきっかけとなる一冊であり、子どもだけでなく大人にも響く内容です。伊坂幸太郎ファンはもちろん、彼の作品を初めて読む方にも、自信を持っておすすめできる作品です。
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