
「老後のために、確定拠出年金を始めよう!」
「iDeCoや会社の企業型DC、なんだか難しそう…」
「よくわからないから、とりあえず『元本確保型』で設定しておけば安心だよね」
もしあなたが今、このように考えているとしたら、それは将来の資産を大きく減らしてしまうかもしれない、非常に危険なサインかもしれません。
「元本が保証される」という言葉は、何よりも心強い響きを持ちます。事実、確定拠出年金(DC)加入者の資産の約3割~5割近くが、この元本確保型で運用されているというデータもあります。多くの人が選んでいる「王道」のように思えるかもしれません。
しかし、その「安全」という名のコインには、あなたの老後資金を静かに、しかし確実に蝕んでいく「隠れたリスク」という裏の顔があることをご存知でしょうか?
この記事では、確定拠出年金の元本確保型に潜む、見過ごされがちな本当のリスクを徹底解剖します。
「手数料」「インフレ」「機会損失」…これらのリスクを知ることで、「20年後、30年後に資産を確認したら、ほとんど増えていなかった…」という“最悪のシナリオ”を回避し、あなたの未来を守るための第一歩を踏み出しましょう。
この講座では、お金の貯め方や資産運用の基本的な考え方に加え、投資信託・株式・不動産投資という3つの主要な資産運用の仕組みやポイントを学べます。その結果、自分に合った資産運用の方法を見つけることができますよ。


【元本確保型に潜むリスク①】「手数料負け」という確実なマイナス
確定拠出年金で、運用成果に関わらず、絶対に避けられないコスト。それが「手数料」です。そして、この手数料こそが、元本確保型を選ぶ上で最初の、そして最も確実なリスクとなります。
なぜ「手数料負け」が起きるのか?
理由は極めてシンプルです。
- 元本確保型商品のリターン: 現在の超低金利下では、定期預金などの金利は年0.01%~0.05%程度。これは、100万円を1年間預けても、利息が100円~500円しかつかない、というレベルです。
- 確定拠出年金の手数料: 一方で、特にiDeCo(個人型確定拠出年金)では、口座を維持するだけで様々な手数料が掛かります。金融機関によっては無料のところもありますが、共通で掛かるコストだけでも最低で年間2,052円(月額171円)は発生します。
この構造を式にすると、以下のようになります。
このリターンとコストのアンバランスが、運用しているはずなのに資産が減ってしまう「手数料負け」という現象を引き起こすのです。
掛金額が少ないほど危険!手数料負けのシミュレーション
手数料負けの恐ろしさは、毎月の掛金額が少ないほど深刻になります。手数料の多くは定額のため、掛金に対する手数料の比率が相対的に高くなってしまうからです。
下の表を見てください。仮に年間手数料が4,000円の金融機関でiDeCoに加入した場合、掛金額によってどれだけインパクトが違うかが一目瞭然です。
【表1】iDeCoの掛金額別「手数料負け」インパクト比較
毎月の掛金 | 年間掛金 | 年間手数料 | 手数料率 | 年間リターン (金利0.01%) | 実質年間損益 |
---|---|---|---|---|---|
5,000円 | 60,000円 | 4,000円 | 6.67% | 約6円 | -3,994円 |
12,000円 | 144,000円 | 4,000円 | 2.78% | 約14円 | -3,986円 |
23,000円 | 276,000円 | 4,000円 | 1.45% | 約28円 | -3,972円 |
※手数料、リターンは概算値です。
月5,000円の掛金の場合、手数料率がなんと6.67%にも達します。
0.01%の利息では到底太刀打ちできず、何もしなくても毎年約4,000円ずつ資産が確実に減っていく計算になります。
これはもはや運用ではなく、「お金を払って、お金を預かってもらっている」状態と言えるでしょう。
特に注意!「所得控除」の恩恵がない人
「iDeCoは節税メリットが大きいから、手数料負けしてもトータルではプラスになる」という話を聞いたことがあるかもしれません。
それは事実です。iDeCoの掛金は全額が所得控除の対象となり、所得税や住民税が安くなります。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
所得税や住民税を納めていない方、例えば一部の専業主婦(主夫)の方などは、この最大のメリットである「所得控除」が使えません。
その場合、残るのは手数料という純粋なコストだけです。この状況で元本確保型を選ぶことは、数学的に損失を確定させる行為に他ならないのです。
【元本確保型に潜むリスク②】インフレでお金の価値が目減りしていく!
元本確保型が抱える2つ目の深刻なリスク、それは「インフレーション」です。
「元本が保証される」とは、あくまで「100万円は、10年後も100万円のままですよ」という数字上の約束に過ぎません。その100万円で買えるモノの量(=お金の購買力)まで保証してくれるわけではないのです。
インフレでお金の価値は下がる
インフレとは、モノやサービスの値段が上がっていく現象のことです。
例えば、昔は100円で買えたジュースが、今は150円出さないと買えない、という経験は誰にでもあるでしょう。これは、ジュースの価値が上がったのではなく、円の価値が下がったことを意味します。
老後資金を考える上で重要なのは、この「実質的な価値」です。
30年後に5,000万円を持っていても、その時代におにぎり1個が5,000円になっていたら、豊かな生活は送れませんよね。
避けられない「実質的な元本割れ」
では、今の日本の状況を見てみましょう。政府や日本銀行は、経済を活性化させるために年2%の物価上昇を目標に掲げています。
実際に、近年の消費者物価指数は目標を超える3%台で推移することもありました。
これを元本確保型の運用に当てはめてみると、その恐ろしさがよく分かります。
【表2】インフレ下における元本確保型商品の「実質リターン」
項目 | 数値(例) | 説明 |
---|---|---|
名目金利 (元本確保型のリターン) | +0.01% | 表面上の金利。資産はこれだけ増える。 |
インフレ率 (物価の上昇率) | -3.00% | モノの値段がこれだけ上がる(=お金の価値が減る)。 |
実質リターン (本当のリターン) | -2.99% | 資産の購買力は、毎年約3%ずつ確実に失われている。 |
この表が示しているのは、衝撃的な事実です。
元本確保型という「安全」なはずの場所に資産を置いているだけで、あなたのお金の購買力は、毎年3%近い勢いで静かに、しかし確実に失われているのです。
これは、額面上は元本が割れていなくても、実質的には価値が目減りしている「実質的な元本割れ」状態です。
【元本確保型に潜むリスク③】「機会損失」という最大の後悔
ここまで、資産が「減る」リスクについて見てきました。しかし、確定拠出年金における最大のリスクは、実は資産が「増えない」こと、すなわち「機会損失」かもしれません。
機会損失とは、ある選択をしたことで、選ばなかった他の選択肢から得られたはずの利益を逃してしまうことです。
元本確保型を選ぶということは、長期的な資産成長の可能性を自ら手放していることと同義なのです。
「安全」と「成長」、30年後の残酷な差
もし、あなたが元本確保型ではなく、世界経済の成長に連動するような、ごく標準的な投資信託(全世界株式インデックスファンドなど)で運用していたら、未来はどう変わるでしょうか。
歴史的に見て、世界経済は短期的な浮き沈みを繰り返しながらも、長期的には成長を続けてきました。それに伴い、全世界の株式市場も成長し、過去の実績では年平均5%~7%程度のリターンを上げています。
ここでは、非常に保守的に「年利5%」で運用できた場合と、「年利0.01%」の元本確保型を比較してみましょう。毎月2万円を30年間積み立てた場合のシミュレーションです。
【表3】30年間の資産成長シミュレーション(毎月2万円積立)
経過年数 | 累計拠出額 | A:元本確保型 (年利0.01%) | B:成長ポートフォリオ (年利5%) | 資産の差額 (B – A) |
---|---|---|---|---|
1年後 | 24万円 | 約 24万円 | 約 25万円 | +1万円 |
5年後 | 120万円 | 約 120万円 | 約 136万円 | +16万円 |
10年後 | 240万円 | 約 240万円 | 約 310万円 | +70万円 |
20年後 | 480万円 | 約 481万円 | 約 824万円 | +343万円 |
30年後 | 720万円 | 約 722万円 | 約 1,664万円 | +942万円 |
結果は、一目瞭然です。
最初は小さな差ですが、時間が経つにつれて「複利」の力が働き、その差は雪だるま式に大きくなっていきます。
30年後、元本確保型を選んだ場合の資産は、積立元本とほぼ変わらない約722万円。一方で、年利5%で運用した場合は、元本の倍以上である約1,664万円にまで成長します。
その差、実に942万円。
「損をしなかった」という目先の安心感と引き換えに、1,000万円近くも豊かになるチャンスを失っているとしたら…?
老後2,000万円問題が叫ばれる中、この機会損失こそが、あなたの豊かな老後生活を阻む最大のリスクと言えるのではないでしょうか。
なぜ私たちは「安全という名の罠」にハマってしまうのか?
手数料で損をし、インフレで価値が下がり、大きな成長機会を逃す…。
これだけデメリットを並べられると、「なぜ自分は元本確保型を選んでしまったのだろう?」と不思議に思うかもしれません。
でも、安心してください。あなたがそれを選んでしまうのには、人間の心に組み込まれた、強力な心理的なメカニズムが関係しています。
それは、ノーベル経済学賞の受賞にも繋がった行動経済学の理論「プロスペクト理論」で説明できます。小難しい話は抜きにして、要点だけお伝えすると、
「人間は、利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を2倍以上強く感じる生き物である」
というものです。
これを「損失回避性」と呼びます。
例えば、道端で1万円を拾う喜びよりも、財布から1万円を落とす苦痛の方が、はるかに心にこたえますよね。
この心のクセが、確定拠出年金の運用商品を選ぶ際に、強力なブレーキとなります。
「元本割れの可能性がある」と聞くだけで、私たちは強い恐怖を感じ、思考停止に陥りがちです。そして、「損失がない」と謳われる元本確保型に引き寄せられてしまうのです。
しかし、ここまで見てきたように、確定拠出年金のような30年、40年にわたる長期投資の本当のリスクとは、短期的な元本割れではありません。
インフレや機会損失によって、「将来必要なお金が準備できない」という目標達成の失敗こそが、真のなのです。
この心理的な罠に気づくことが、罠から抜け出し、賢い資産形成を始めるための、何よりも重要な第一歩となります。
元本確保型の賢い使い方と今すぐできるアクションプラン
ここまで、元本確保型のリスクを厳しく指摘してきましたが、元本確保型が絶対的な悪というわけではありません。重要なのは、その特性を正しく理解し、「戦略的に」活用することです。
元本確保型の「正しい使い方」
元本確保型は、資産を「増やす」ための攻めのツールではなく、築き上げた資産を「守る」ための守備のツールです。その出番は、ライフステージによって変わります。
ライフステージ | 投資戦略 | 詳細説明 |
---|---|---|
資産形成期 (20代〜40代) | 積極的な成長投資 • 投資信託中心 • リスクを取った運用 • 元本確保型は不要 | 退職までの時間が長く、短期的な価格変動は長期的には成長のための小さな波に過ぎません。この時期は積極的にリスクを取って資産を育てるべき時期です。 |
資産保全期 (50代後半〜) | 資産保全重視 • 元本確保型が活躍! • 計画的な利益確定 • スイッチング戦略 | 退職が近づき、これまで投資で増やした大切な資産を退職直前の市場暴落で失うわけにはいきません。 スイッチング戦略:利益が出ている投資信託を計画的に売却し、その資金を元本確保型に移して利益を確定させる手法 |
つまり、元本確保型は、ゴールの直前で、勝利を確実にするための「守備固め」の選手なのです。試合が始まったばかりの若いうちから、守備固めの選手を出し続けるのは得策ではありませんよね。
今すぐできる!3つのアクションプラン
「リスクは分かった。じゃあ、具体的にどうすればいいの?」
その疑問にお答えします。今日からできる、具体的な3つのステップをご紹介します。
ステップ | アクション | 詳細内容 |
---|---|---|
STEP 1 | 今すぐ自分の運用状況をチェック! | まずは、敵を知り、己を知ることから。iDeCoや会社の企業型DCのウェブサイトにログインしてみてください。 確認項目:「保有商品一覧」や「資産状況」から、どの商品にどれくらいの割合で資産を配分しているかをチェック 「元本確保型 100%」になっていたら、次のステップに進むサインです。 |
STEP 2 | 商品ラインナップを眺めてみよう | あなたのプランで選べる、元本確保型以外の商品のラインナップを眺めてみましょう。たくさんの投資信託が並んでいて、目がくらむかもしれません。 探すべきキーワード: これらは世界経済やアメリカ経済全体の成長の恩恵を受ける、長期投資の王道とも言える商品です。• 「全世界株式」 • 「S&P500(米国株式)」 • 低コストのインデックスファンド |
STEP 3 | ライフサイクルに合った運用へ | もしあなたがまだ20代、30代、40代で、退職まで時間がたっぷりあるのなら、資産の成長を目指せる投資信託へ、少しずつでも資金を移していくことを検討してみましょう。 初心者におすすめの始め方: 「いきなり全部は怖い」という方は、毎月の掛金のうち 「20%だけ投資信託、80%は元本確保型」 のように、小さな割合から始めてみるのも良い方法です。 |
まとめ
最後に、この記事の要点をもう一度確認しましょう。
- 確定拠出年金の「元本確保型」は、一見安全に見えますが、「手数料負け」「インフレ」「機会損失」という見過ごせない3大リスクを抱えています。
- 「損をしたくない」という人間の心理が、私たちを非合理的な選択へと導いてしまいがちです。
- 長期投資の本当のリスクは、短期的な価格変動ではなく、将来の目標額に到達できない「資産が増えないこと」です。
- 元本確保型は、退職間近に資産を守るための「守備の切り札」として戦略的に活用するものであり、若い世代が資産形成の主軸に据えるべきではありません。
あなたの確定拠出年金は、国が用意してくれた、個人の資産形成にとって非常に有利な制度です。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すも、宝の持ち腐れにするも、あなた自身の「選択」にかかっています。
この記事が、あなたの老後を豊かにするための、ほんの少しの知識と、今日の小さな一歩を踏み出すきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。
まずはご自身のプランを確認することから、始めてみませんか?

・老後資金を築いて、将来の不安を解消したい人 におすすめですよ!

コメント